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大阪高等裁判所 昭和25年(ネ)558号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 高谷振作 外二名

被控訴人(附帯控訴人) 財団法人松殿山荘茶道会

主文

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

原判決第二項を次のように変更する。

控訴人等が別紙目録記載の山林の樹木について、田畑の開墾、樹木の植栽のため被控訴人の風致及水利を害しない範囲において伐採する場合の外、これを伐採、譲渡その他一切の処分をなす権利のないことを確認する。

被控訴人其の余の第二次請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人、その余を控訴人等の連帯負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称す)等訴訟代理人は、原判決中「原告の第一位の請求を棄却する」とある部分を除きその余の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人と称す)の請求並びに附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴人の控訴を棄却する。原判決中「原告の第一位の請求を棄却する」とある部分を取消す。控訴人等が原判決末尾記載の山林に対し昭和八年五月一三日附高谷家相続に関する覚書第八項に基く使用権を有しないことを確認する、旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

被控訴代理人において、

(一)、被控訴人の寄附行為には理事は民法に規定する理事である旨の定めをしているから、各理事は民法第五三条により当然被控訴人の代表権を有するのであつて、法人に数人の理事ある場合、その一人が法人を代表して訴訟行為を為すか、又は数人共同して訴訟行為を為すかは理事において適宜決定し得るところで、本訴は被控訴人の理事全員の決議に基いて提起したものであり、而して各理事は評議員会において適法に選任せられたものであるから本訴は代表権なきもののなした訴ではない。

(二)、訴外南山園芸株式会社は本件覚書の趣旨に従つて昭和八年五月二八日株主総会の決議により解散し、その清算事務として全株主の承諾を得て昭和八年一〇月五日本件山林を被控訴人に贈与し被控訴人は有効に本件山林の所有権を取得したのである。而して本件地上に育成せる樹木は当然土地と一体を為し、被控訴人が本件山林の所有権を取得すると同時に地上の樹木も被控訴人の所有に帰したものであつて、樹木だけが控訴人等の所有に残る道理はない。只本件覚書は控訴人等に田畑の開墾樹木の植栽のため本件山林を使用し得ることを定めたに過ぎず、それも被控訴人の風致並びに水利を害しない範囲に限られている。従つて控訴人等の植栽した樹木の伐採処分は控訴人等の自由になし得るところであるが、控訴人等が覚書に従う山林使用の必要上自然に生育する樹木を伐採しようと思へば、その都度被控訴人の承諾を受けた上伐採すべきであり、その場合でも伐採した樹木は被控訴人の所有であつて、控訴人等にこれを処分する権限はない。

(三)、本件覚書第一〇項に「遺言執行者は高谷振作、三平、辰雄が故人の遺志を継承するに付善意の援助を吝まざるべし」と定めていることは争わないが、右は控訴人等が故人高谷恒太郎の遺志を継承して被控訴人の維持発展に協力し、その身を修めて真に故人の跡を継ぐに恥しからぬようになつた場合のことである。然るところ同覚書には其の他に亡恒太郎が控訴人等の教育基金として被控訴人の理事小野虎助に委託しある二〇万円を控訴人振作に引渡すこと(第六項)、控訴人等から被控訴人に五万円を寄附すること(第七項)、控訴人等は被控訴人に対し、遺留分減殺請求をしないこと(第九項)等を定めており、右小野虎助は覚書第六項に従い控訴人振作に対し二〇万円を引渡したに拘らず、控訴人等は右第七項の寄附をしないのみならず、覚書作成後間もなく被控訴人に対し京都地方裁判所に遺留分減殺請求訴訟(右訴は控訴人等の敗訴に確定した)を提起するに至つたので、被控訴人としては到底控訴人等を会員として包擁していけなくなつたため、やむなく主務官庁の許可を得て昭和九年八月一五日寄附行為の一部を改正の上控訴人等を会員から除名した次第で、かかる措置を余儀なくしたものは控訴人等の不信行為の結果であるから、此の事実をもつて本件覚書による山林の贈与が要素に錯誤ありとする控訴人等の主張は失当である。

(四)、本件山林を訴外南山園芸株式会社から被控訴人に贈与を受けた際被控訴人の理事小野虎助は被控訴人を代表してこれを受けたもので、同人は理事として民法第五三条により代表権を有していたのみならず右贈与については被控訴人の役員会においてこれを承認したものである。

(五)、控訴人等は本件山林について時効により伐採処分権を取得したと主張するが、控訴人等は十年間継続して、樹木の伐採をしてきたものでなく、被控訴人に無断で他に売却処分したのは昭和一九年七月頃、昭和二一年一二月頃、昭和二三年三月頃の三回で、最初の分は戦時中で軍からの要求に従つた事情もあつて被控訴人としてはこれを問題としなかつたもの、又第二回の分については当時控訴人等に損害賠償の請求を為すべきであつたが、費用と日時の点を考慮しこれを留保していたところ、更に控訴人等は第三回目の伐採売却を為すに至つたため被控訴人は終に本訴提起に及んだもので、控訴人等の右主張は理由がない。

と述べ、

控訴人等代理人において、

(一)、本訴は被控訴人の代表権なき理事の為した訴提起であつて不適法である。即ち、被控訴人の寄附行為によると会長のみが代表権を有し、他の理事には代表権がないのであるから、会長によらず、単なる理事等が代表者となつて提起した本訴は不適法である。のみならず、被控訴人は寄附行為を改正して控訴人等を除名したと主張するが、控訴人等は何等通知を受けたこともないし、被控訴人の設立発起人であり且つ終身会員たる控訴人等を除名する如きことは、被控訴人の設立事情からみてもその本旨に反し、除名は無効であり、従つて控訴人等を除外してなした役員の選任は無効で、本訴において被控訴人を代表する理事等にはその資格がない。

(二)、被控訴人は訴外南山園芸株式会社から本件山林を昭和八年一〇月五日贈与を受けたと主張するが、元来南山園芸株式会社は控訴人等の先代亡高谷恒太郎が高谷家の財産保全の目的で設立した会社で、資本金は全額同人において払込をなした上、その株式を控訴人等その他の子女血縁の者に割当てたのであつて、実質上は同人が全株式を所有していたものであり、同会社の資産も全部同人の権利に属していたのである。従つて同人の死亡後同会社を解散し、残余財産を被控訴人に寄附する如きことは、亡恒太郎の相続人であり、実質上その財産の権利者たる控訴人等の同意がなければなし得ない理であるが、控訴人等は右会社が解散決議をしたことも知らず、また清算事務として本件山林を被控訴人に寄附するにつき株主総会において承諾の決議をした事実もない。右の寄附は当時訴外会社の代表者であつた河原改栄門が独断でしたことである。

のみとならず、株式会社の清算は商法の規定に従つて為すべきものであつて、残余財産の全部を他に贈与するが如きことは違法で何等の効力はなく、被控訴人は所有権を取得し得ないものである。

(三)、前記贈与について小野虎助が被控訴人を代表したものとすれば、被控訴人を代表し得るものは会長のみであつて同人は代表権のない理事であるから、右贈与契約は不成立であるか然らずんば無効である。

(四)、控訴人等が本件覚書第八項において本件山林を被控訴人に寄附することに同意したのは、亡恒太郎はかねてその死後控訴人等を自己の後継者とする遺志を有して居たので、遺言執行者は同人の遺志を尊重し控訴人等を被控訴人の会長、理事、監事等の役員とすべく尽力すべき義務があり、遺言執行者河原改栄門は控訴人等にこれを確約し、このことを覚書第一〇項に「遺言執行者は高谷振作、三平、辰雄が故人の遺志を継承するに付善意の援助を吝まざるべし」として表現したので、控訴人等はこれを信じた結果右第八項の契約を為すに至つたのである。然るに同人等は右第一〇項の約旨に背き、却つて控訴人振作に対し物産引渡の仮処分を為し、同年一二月開催せられた被控訴人の理事会においても控訴人振作を会長に選任せず、辰雄を理事に選任することさへしなかつたため、かくては控訴人等が右覚書第八項に同意した根本趣旨に反するもので、右覚書の契約は要素に錯誤があつて無効である。従つて被控訴人に対する贈与は控訴人等の承諾なくしてなされたことに帰し、被控訴人は本件山林の所有権を取得し得ない。

(五)、仮に以上の主張が理由なく、被控訴人に対する本件山林の贈与が有効であるとしても、右贈与は控訴人等において被控訴人の風致水利を害しない限り地上の樹木を自由に伐採処分し得ることを条件としてなしたものであるから、被控訴人は控訴人等に対し恰も所有者と同様の使用収益を為さしめるべき義務を負担するものであつて所謂負担附贈与に外ならず、控訴人等は決して被控訴人主張のような単なる使用権を有するに過ぎないものではないから、一方的に控訴人等の有する右の権利を消滅せしめ得ないものである。控訴人等は本件覚書作成当時特に此の点について遺言執行者等の言明を受けたからこそ第八項の寄附に同意したのであつて、もし被控訴人主張の如く控訴人等が一々被控訴人の同意を得なければ樹木の伐採をもなし得ないものとせば右第八項の契約は此の点において要素に錯誤があつて無効である。

(六)、仮りに前項の約束がなかつたとしても、控訴人等は本件山林について覚書作成の日以後十年間所有者と同様に平穏公然とこれを伐採処分してきたのであるから山林の伐採処分権を時効によつて取得した。

と述べ

た外、いずれも原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

証拠として、

被控訴代理人は甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四証の一乃至三、第五、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一乃至九、第一〇、第一一号証、第一二号証の一乃至三、第一三号証の一、二を提出し、原審証人清瀬一郎、当審における被控訴人代表者小野虎助、平岡憲太郎各尋問の結果並びに当審検証の結果を援用し、乙第一号証の一、二、第二号証の一、四、第三号証の一、同号証の二中官署作成部分、同号証の三乃至七、第一〇号証の一乃至三の成立を認め、同第一号証の一、第二号証の一、第五号証の一、二、第六号証の二乃至四、第一〇号証の一乃至三を利益に援用し、同第二号証の二、三、第三号証の一中爾余の部分、同号証の八同第七号証の一乃至三を不知と述べ、

控訴人等代理人は乙第一号証の一、二、第二号証の一乃至四、第三号証の一乃至八、第四、五号証の各一、二第六号証の一乃至六、第七号証の一乃至三、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証の一乃至三を提出し、当審証人近藤秋義、大橋楢三郎、原審における控訴人三平本人、原審並びに当審における控訴人振作本人各尋問の結果を援用し甲第一号証、第三号証の一、二、第一二号証の一乃至三、第一三号証の一、二はいずれも不知、甲第五号証の原本の存在及びその成立ならびに爾余の甲号証の成立を認めると述べた。

理由

一、先ず被控訴人の代表者について代表権の有無を検討する。

訴状添付の登記簿謄本によると、被控訴人の代表者として掲記の平岡憲太郎以下の九名が本訴提起当時被控訴人の理事として登記せられていることは明らかであるところ、成立に争のない乙第九号証の一中被控訴人の寄附行為の記載によると、会には会長一名、副会長二名乃至四名、理事五名乃至一五名の役員を置く(第二一条)、会長は理事の互選によつてこれを定め但し高谷恒太郎存世中は同人を会長となす(第二二条)、会長は荘監と称し会を代表する(第二三条)、副会長は理事の互選により之を定む、副会長は会長を助け会務を処理する(第二四条)、理事は評議員会に於て選挙する(第二五条)、理事は会長の指揮を受け本会の事務を執行する(第二七条)会長副会長理事を民法規定の理事とする(第二八条)旨の規定があるから、これによつてみると、被控訴人を代表するものは控訴人等主張の如く会長たる理事であつて、その他の理事には代表権がないものというのを相当とするが、一方右の如く会長副会長及理事は民法規定の理事とする旨明記している趣旨に鑑るときは、被控訴人に会長の選任ある場合は右会長のみ代表権を有し、他の理事は業務執行権を有するに過ぎないが、会長が空位の場合は各理事は民法第五三条の規定に従い財団法人たる被控訴人を代表する権限を有するものと解するのが相当である。然るに弁論の全趣旨に徴すると被控訴人には高谷恒太郎の死亡後は会長が空位の侭となつていることは明らかであるから、前記各理事は被控訴人を代表する権限を有するものと認めなければならない。而して法人の理事が数名あり各自法人を代表する権限ある場合においてその数名が共同して法人を代表して訴訟行為をしてもこれを不適法ということはできない。控訴人等は右平岡憲太郎以下の理事は控訴人等を除外して選任せられたからその選任は無効であると主張するが、前示寄附行為並びに成立に争のない甲第九号証の二によると、被控訴人の設立当時控訴人振作、辰雄は被控訴人の終身会員であり控訴人振作は評議員兼理事であつたことは明らかであるが一方役員の任期を五年とし但し設立当初の役員は昭和八年四月三〇日をもつて任期満了とする旨定めているから、被控訴人の役員は昭和八年四月三〇日以降毎五年で改選せられることとなるが、控訴人等がその任期満了後評議員に選任せられた事跡を認め得ないから、被控訴人の主張する昭和九年八月一五日控訴人等を除名したことが有効か否かは別とし、控訴人等の参加しない評議員会において前記平岡以下の理事が選任せられたことをもつて無効というに由がない。従つて本訴を代表権なきもののなした訴で不適法だという控訴人等の主張は採用することができない。

二、次に原判決末尾目録記載の山林九筆と山地四筆の地上権が昭和八年一〇月訴外南山園芸株式会社から被控訴人に対し「控訴人等が無償で田畑の開墾樹木の植栽の為め永く使用することが出来る」との条件附で贈与せられた事実は右条件の趣旨は別とし当事者間に争のないところである。よつて右の贈与がなされるに至つたいきさつをみるに、成立に争のない甲第四号証の一乃至三、同第六号証、同第八号証、同第九号証の一乃至九、同第一〇号証、乙第一号証の一、二、同第六号証の一乃至六、原本の存在及び其の成立に争のない甲第五号証、第三者の作成にかかり真正に成立したと認め得る甲第一号証、同第一二号証の一乃至三、同第一三号証の一、二乙第二号証の三、原審証人清瀬一郎の証言、当審における被控訴人代表者平岡憲太郎、原審並当審における控訴人振作の各供述の一部を綜合すると、

(一)、控訴人等の先代高谷恒太郎は大阪市において弁護士を開業し、成功して巨万の富を為すに至つたが、深く茶道に傾倒し、その奥義を極めたもので、かねて多額の資を投じて京都府宇治郡宇治町大宇小幡小字南山の山林地五千余坪に大小書院草庵を建築し、庭園を造築しこれを松殿山荘と称し、自ら山荘流茶道を創始して茶道研究の道場としていたところ、更に茶道に基き礼儀を実行し国民精神を振作し思想涵養、風俗善導を目的とした財団法人を創立せんと計画し、右松殿山荘の敷地、建物、庭園、設備、什器、骨董等一切と基金五〇万円を寄附してここに昭和三年一一月二日文部大臣の許可を受けて被控訴人を設立し、自ら会長となり控訴人等子女其の他の血縁者や京阪神知名の茶人、骨董商等を会員として発足するに至つた。

(二)、一方右恒太郎はその財産維持の方法として昭和三年一一月二八日資本金三〇万円、事業目的、花卉果実蔬菜を培養し、竹木を栽植し、之を販売し、庭園造築を為すことと定めた南山園芸株式会社を設立し、資本金は全額を自ら払込みその株式を控訴人等子女、その配遇者、孫等近親者に分割し、かねて購入していた前記山荘の周辺の本件山林(うち小字南山一八番地の二、三、四、小字北山畑一一番地の四筆は同人名義、小字南山一七番地の一は控訴人三名共有名義、小字北山畑六番地の三、同一二番地の二筆は控訴人三平名義、小字檜尾二八番地は控訴人三平及辰雄共有名義で登記を経由していた)をいずれも同年一二月売買により訴外会社名義に所有権移転登記をなし、更に自己の権利に属する本件山地四筆の地上権並びに水道施設を被控訴人と訴外会社及び高谷家の三者の共有とすることとした。

(三)、ところが右恒太郎は昭和八年二月一七日死亡し、訴外雑賀良三郎、菊池武和、河原改栄門(いずれも訴外会社の役員)が遺言執行者となつたが、右恒太郎は公正証書による遺言をなした外手帳その他に遺言の意思を表明したものが多数あつて、その執行に困難があつた上、控訴人等は自己の取得する遺産の少額なことに不満を唱え殊に家督相続人たる控訴人振作の遺留分を害するものとして、遺言の執行をめくり執行者との間に紛糾を来したところから、訴外清瀬一郎の斡旋により右遺言執行者三名、控訴人振作、辰雄及控訴人三平の代理人弁護士松芝誠蔵等会合の上、ここに昭和八年五月一三日高谷家相続に関する覚書が作成せられ、右覚書に定める条項によつてその処理を為すこととなつたが、その第八項において「南山園芸株式会社はこれを解散し、其地所及地上権は高谷振作、三平、辰雄が無償にて田畑の開墾、樹木の植栽の為め永く之を使用することを得るの条件を以て財団法人松殿山荘に寄附すべし、前項の使用は山荘の風致及水利を害せざることに留意すべし」と定めた。

(四)、そこで、南山園芸株式会社に於ては右覚書の趣旨に従つて解散の手続をすゝめ、昭和八年五月二八日株主総会の決議によつて解散し、その清算として本件山林九筆及山地四筆の地上権を被控訴人に寄附することとし、同年一〇月五日訴外会社清算人河原改栄門から被控訴人の理事小野虎助宛に前示の条件を附して寄附御願なる書面を提出し、小野虎助は同月二五日これを受け納れ、同年一一月一〇日本件山林につき被控訴人名義に所有権移転登記を了するに至つた。

ことを認定するに十分である。

三、控訴人等は右訴外会社解散の事実を否認し、且つ残余財産たる本件山林全部を他に贈与する如き清算は商法の規定に反し無効であると抗争するが、解散についての前認定を覆すに足る証拠はないし、本件山林及地上権を訴外会社から被控訴人に寄附することは控訴人等の既に諒承するところであつて、訴外会社並びに被控訴人の設立事情からみて、控訴人等において承諾する以上爾余の株主全員の異議のない筋合にあることは容易に窺知し得るところであるから、結局訴外会社の株主全員の同意によつて本件山林及地上権を訴外会社から被控訴人に贈与したものと認定するのが相当である。而して株式会社がその清算手続において残余財産を他に贈与しても、これについて株主全員の同意があればこれを無効ということはできないから、此の点の控訴人等の主張は採用しがたい。

四、更に控訴人等は右贈与は訴外会社の清算人たる河原改栄門が同時に被控訴人の代表者として為したもので、民法第一〇八条により無効であると主張するが、右贈与は前記河原改栄門と被控訴人の理事小野虎助との間でなされたことは前認定の通りであつて、民法第一〇八条の双方代理にあたる場合でないこと明らかである。控訴人等は右小野虎助が被控訴人を代表したとしても、同人にはその代表権がないから贈与契約は不成立か然らすとも無効であるというが、右小野虎助は被控訴人の理事であつて当時会長が空位で同人にもその代表権ある関係にあつたことは前に説明したとおりで、仮りにその代表権がなかつたとしても、同人の行為は無権代理行為に外ならないところ、被控訴人は既に右贈与を受けて移転登記を了し、本訴において自己の所有に属することを主張する以上、小野の行為を追認したことをも主張するものであるから右贈与契約を不成立又は無効となすに由がない。

五、控訴人等は本件覚書第八項は同第一〇項の実現を信じた結果なされたもので、右第一〇項が履行せられなかつた以上、第八項の契約は要素に錯誤があつて無効であると主張する。前掲乙第二号証の一によると、覚書第一〇項において「遺言執行者は高谷振作、三平、辰雄が故人の遺志を継承するに付善意の援助を吝まざるべし」と定めて居り、右に「故人の遺志を継承する」とは控訴人等主張のように控訴人等が被控訴人の会長、理事等の役員となつて被控訴人の運営を主宰する趣旨であるのに控訴人等がその後被控訴人の会長理事等の役員に就任し、故人の遺志を継承することが未だ実現されないままとなつていることは被控訴人の争わないところであるが、これについては被控訴人においてもその己むを得ない事由を挙げているのであつて、その当否が孰れにあるかは別とし、右覚書第一〇項は主として将来に対する遺言執行者の好意的尽力乃至道義的な義務ともいうべきことを定めているに対し、同第八項に財産権に対する法律上の権利義務を定めたものである点、および前記覚書作成に至る事情から観て、縦令控訴人等において将来被控訴人の役員となつて故人の遺志を継承する日の到来を期し、これがため第八項の約定に同意したとしても、右は所謂動機に外ならないもので、特にこれを第八項の条件となしたものと認めるべき資料のない本件では、要素の錯誤あるものとして右第八項を無効と主張するのは到底首肯するに足らない。

六、してみると、本件山林及地上権が被控訴人の権利に属することは明瞭であるから、進んで右山林及地上権につき控訴人等が前記覚書第八項(正確にいえば前示贈与の条件)に基き如何なる権利を有するかについて判断する。

被控訴人は右覚書に基く控訴人等の使用権は民法上の使用貸借上の権利若くはこれに類似する権利に過ぎないもので、控訴人等が無断で数回地上樹木を伐採し他に売却したから民法第五九四条第三項によつて解除の意思表示をしたと主張するので考えるに、控訴人等の使用権は前認定の如く、田畑の開墾、樹木の植栽のため無償で本件山林及地上権を使用(右使用のため地上育成の樹木を伐採処分することができるか否かは後に判断する)するのであつて、(但し被控訴人の風致及び水利を害してはならないとの制限を受けている)控訴人等の有する使用権の性質は民法上の使用貸借契約上の権利に類似する使用収益権であると認めるのを相当とする。尤も右は本件山林のある部分につき控訴人等において現実にその引渡を受けて始めて具体化する権利であつて、それまでは控訴人等は単に前記贈与契約の附款として定めた被控訴人等の義務の履行として、控訴人等に右の使用取益をなさしめることを請求し得る権利を有するに過ぎないものというべきであつて、此の権利は民法の規定する使用貸借上の権利と異なるから贈与契約をそのままとして控訴人等の有する此の権利のみを一方的に消滅せしめ得るかは議論の余地はあるが、被控訴人において右贈与契約上の義務の履行として控訴人等に対し本件山林の一部を使用せしめたところ、控訴人等がその使用収益権の範囲を超え又は約旨と異なる使用収益をなしたがため被控訴人が本件山林の贈与を受けた趣旨目的に著しく背致するに至つたような場合においては、被控訴人として民法第五九四条を類推適用し単に該使用部分のみならず、本件山林及地上権の全域について控訴人等の有する右贈与契約上の権利を一方的に解除消滅せしめ得るものと解するのが相当である。

ところで本件においては控訴人三平が昭和一九年六月以降三回に亘つて本件山林内の樹木を他に伐採売却した事実は当事者間に争がなく、且つ控訴人等にかかる処分権のないことは後に判示するとおりであるに拘らず控訴人等はかかる処分権を有するものと主張するのであるが、成立に争のない乙第四、五号証の各一、二に当審における控訴人三平尋問の結果、当審検証の結果と弁論の全趣旨に徴するときは右三回の伐採処分中最初の分は陸軍宇治製造所の要求により、後二回は薪炭用樹木の供出であつて、いずれも当時の情勢としてこれを拒絶し得ない事情にあつたものであり控訴人三平としてはかかる処分権を有するものと信じて為したところで、その伐採場所もさして広範囲でなく、又被控訴人の山荘の風致水利を害する程度のものでなかつたことを認め得られるから、此の事実をもつて被控訴人が本件山林の贈与を受けた趣旨目的を阻害するものとなし難く、さきに説明した本件贈与契約のいきさつからみて右の事実をとらえて控訴人等の有する本件山林及地上権の使用収益権全部についてその解除を主張するのは著しく信義に反するもので到底首肯し得ないところである。

果してそうだとすると、右解除を前提とし控訴人等に対し本件覚書第八項に基く使用権のないことの確認を求める被控訴人の第一次の請求はこれを認容するに由ないものである。

此の点について控訴人等は本件覚書第八項は控訴人等に所有者と同一の使用収益を為さしめることを定めたもので、従つて控訴人等は本件山林の樹木を伐採しこれを他に売却処分する権利を有する旨抗争するが、右覚書の記載文言自体では到底かかる処分権を控訴人等に附与する趣旨と解し難く、右覚書作成当時遺言執行者河原改栄門が控訴人等に地上樹木を自由に伐採処分し得る旨を約したとの控訴人振作の原審並びに当審における供述、控訴人辰雄の当審における供述は前掲清瀬証人の証言に徴してたやすく信じ難いところで、他に右のような処分権を控訴人等に与えたものと認めるに足る証拠はない。さきに判示した如く本件山林及地上権が被控訴人の所有に属する以上、自然に育成している地上の樹木もすべて被控訴人の所有に係るものであつて、控訴人等において山林及地上権の使用権があるからといつて当然右樹木を処分し得るものでないことは勿論である。

控訴人等は更に時効によつて山林の伐採処分権を取得したと主張するが、伐採処分はそれ自体独立の権利ではないから控訴人等が何回伐採処分をしてもこれによつてかかる権利を取得するものでなく、もしその基本たる所得権を時効によつて取得するがためには所有の意思をもつて継続して物の占有をなさねばならないところ、本件においては控訴人等の意思はともかく本件山林を控訴人等において引きつづき占有し来つたという点については何等主張立証がないからいずれにしても控訴人等の右主張は是認しがたい。然しながら、樹木の伐採については売却譲渡などの処分とは別問題であつて、前示のように控訴人等は田畑の開墾樹木の植栽の目的で且つ被控訴人山荘の風致水利を害しない範囲内において本件土地を使用し得るのであるから、土地使用の為め必要ある場合地上樹木を伐採することは使用権の範囲として当然なし得るものといわねばならない。尤も山荘の風致水利を害するか否かは各場合に決すべきところであり、もしこれについて双方の諒解のない場合は或は伐採差止めとか損害賠償請求等の紛争を来すおそれがあるから、予め事前に双方協議して円満に事を運ぶ必要はあらうが、これがため被控訴人主張のようにその都度一々被控訴人の承諾を得た上でなければ全く伐採することができないようでは、覚書第八項の使用権は被控訴人の意思にのみかかることとなつて、これを定めた趣旨に反しその不合理な結果となることは極めて明瞭である。

以上のとおりでこれを要するに、本件覚書第八項に基く控訴人等の使用権が全面的に消滅し、現にその権利を有しないことの確認を求める被控訴人の第一次の請求は失当でこれを排斥した原判決は結局相当に帰し被控訴人の附帯控訴は理由がなく、又被控人の第二次の請求は控訴人等が右覚書所定の田畑開墾樹木植栽の目的で且つ被控訴人の風致水利を害しない範囲内で地上樹木を伐採する場合の外本件山林の樹木を伐採譲渡その他一切の処分を為す権利を有しないことの確認を求める範囲において正当でこれを認容すべきであるがこれを超える部分の請求は失当であるから原判決を右の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条第九二条第九三条第九六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 吉村正道 太田外一 金田宇佐夫)

目録

京都府宇治郡宇治町大字木幡小字南山一七番地の一

一、山林 四町五反四畝三歩

同所一八番地の二

一、山林 一反歩

同所同番地の三

一、山林 五反歩

同所同番地の四

一、山林 五反二畝三歩

同所一九番地の一

一、山林 五町七反六畝二〇歩

同小字山畑六番地の三

一、山林 一畝一三歩

同所一一番地

一、山林 二畝二四歩

同所一二番地

一、山林 一反二五歩

同所小字檜尾二八番地

一、山林 二反八畝一六歩

同所小字須留ノ内第七四番

一、山地 一箇所

同所第八一番

一、山地 一箇所

同所第八二番

一、山地 一箇所

同所第九〇番

一、山地 一箇所

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